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| 『永遠のなかに生きる』 |
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筆者は、30歳を過ぎた頃に、突然原因不明の病に襲われました。激しい嘔吐発作と腹痛があり、入退院を繰り返しますが、はっきりとした病名がつきません。どんな検査にも異常が出ないので、本人の気のせいか性格に悪い所があると言われます。やがて、寝たきりになり、次第にものを飲み込めなくなり、中心静脈への栄養分を点滴して生き延びます。家族は「心因症」という医師の言葉を信じ、自分でも自身を責め続けます。点滴を外してほしいと頼みますが、家族の強い反対にあい、中心静脈療法は続きました。
そうした闘病生活を30年近く過ごすうちに、奇跡が起こります。抗うつ剤の効果により、回復し、痛みがなくなります。起き上がれるようにもなり、生命科学者としての執筆活動を本格化していきます。
そんな筆者の言葉の中から、お世話を受ける側の人の気遣い、心持ちを知ることができます。介護される側の立場の人は、どんな思いで過ごしていらっしゃるのか、気付かされます。
『…症状が治まったことで一番うれしかったことは、みなとおなじテーブルで食事ができることです。家の中を歩けることです。食後の片付けをできることです。何ごともない幸せな家庭には、強い絆はできにくいかもしれません。絆というのは、ある程度の苦しみを味わった家族にできやすいのではないでしょうか。』
『…私が病気で動けなくなったときに、一番辛かったことは、人になにかをしてあげられないことでした。逆にいえば、人になにかをしてあげて、喜ばれることがなによりもうれしいということです。この喜びは、私だけにとどまらず、多くの人に共通しています。長期の入院生活の中で、人になにかをしてあげたいというあふれるような善意は私も受けてきましたし、病室で同室になった人々や見舞いに来る人からも感じました。私がまったく動けなくなって、全面的な介護が必要になったときに、このことは、世話される側として強く感じたことです。』
別の著作(「認められぬ病 〜現代医療への根源的問い〜」)のなかでも、同じ思いを繰り返しています。
『…病むことの最大の苦しみは、人のために何かをしてあげることができなくなることであると気づいた。いいかえれば、人間の最大の喜びは人のために何かをすることである。自分自身のために何かを求めてもその欲求は際限なく増大するばかりでけっして満足は得られない。人のために何かをすることによってはじめて心を満たすことができる。
このように考えると、人の助けを必要とする弱者は、人々に真の喜びを与えうる存在であることがわかる。弱者を手助けすることによって、助けた人の心が満たされる。弱者は人間にとって何が一番大切かということを教えてくれる存在ではなかろうか。』
介護現場で過ごす私たちにとって、生命科学という分野はまったくの畑違いです。ミトコンドリアやDNA塩基配列といった言葉を聞くだけで拒絶反応をする方もいるかも知れません。この本では、自然の美しさや巧妙さ、いのちと死の重み、病気と人間とのかかわりのなかで、やさしく生命科学を伝えてくれています。
日々の仕事におわれ、世話することの大変さ、業務の効率化に頭を悩ますことが多いでしょう。でも、生命誕生40億年のいのちの歴史を振り返ることで、改めて介護の役割を見つめなおすキッカケになる一冊と思います。
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| ■『永遠のなかに生きる』 |
| ■著者 柳澤桂子 |
| ■出版社 集英社 |
| ■価格 \1,365 |
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