「ユニットケアという手法は社会的インフラか」
〜社会的インフラとしてのクロネコヤマト宅急便/『ハードがそのままインフラになるのではない、ハードを利用したそのシステムがインフラだと思う…〜

 ヤマト運輸の故小倉会長が、対談の中でこんな事を言っています。

本文P149〜(抜粋)
 『宅急便というものも、自分では需要なんて作っていないのです。需要、つまり新しい利用の仕方を考えたのは利用者です。思いがけない利用の仕方を考えるわけですよ。
 通信販売の人は商売として使う。それから学生さんは試験の前のノートのやり取りに使う。いろいろなことを自分達で考えるわけですよ。そうやって需要は作ってもらう。

 我々はそれを作ってもらうための条件整備をやっているのです。
 つまり、「翌日必ず着きます」が「今日中に着きます」になり、もしくは時間指定で「何時には着きます」となることによって、条件が整備されていく。すると利用者が、じゃこういう利用の仕方をしてみようということを考えてくれるのです。

 だからヤマトは、宅急便を社会的なインフラだと規程していますよ。
「我々は社会的インフラなのだから、その期待に応えなきゃいかん」と。「裏切ってはいけない」と言っています。

中略

 ですから生鮮食品を運ぶとなれば、温度管理をしなければならないという課題が出てくるわけです。どうしたらできるかを一生懸命考えるのです。
 今度は目標がはっきりしているのだから、手段として一番いいのは何だろうと考えていく。それがうまく当たると、「そうゆうものなら、もっとこうゆうことに利用してみたい」という人が次から次へとでてくるのです。

 そういう意味からすると、「需要を作っている」なんて生意気なことを言っているけれど、本当は作っていないですね。作るためのお手伝いをしているだけなのです』

 組織と業務遂行が成熟し、インフラとしてより柔軟に拡大し、強固になり信頼されていくことで、消費者側が求めるサービスが変化していく。
 施設に例えて言えば、個別の暮らしをケアする目的のユニットケアが、入居者(あるいはその家族)の衣食住といった人間的な最低限度の要求を満たす時、施設での暮らしの質をもっと高めたいと願うということではないでしょうか。
 具体的に言えば、自分の居場所が確保され、自分のペースで食事ができ、自分のペースでお風呂に入れてこそ、映画を観たい、ステーキが食べたい、お酒が飲みたいといった想いがでてくるのではないでしょうか。

 介護が必要になっても最後までごく普通の暮らしの中で人間として衰え死んでいくことは、日本社会に生きる多くの人々が求める普遍的な価値だと思います。
 道路が舗装され、水道が自由に使え、電気により暗闇を明るくし、ガスにより温かな食事が食べられ、ヤマト運輸が早くて便利な流通サービスで人々の暮らしを豊かにしているように、個別ケアを目的とするユニットケアは、老後を豊かにする総合的で重要な社会的なインフラの一つではないでしょうか。

 我々もまた『期待を裏切ってはいかん』のではないでしょうか。(それを担うのが民か公かという議論はさておき)

 ■『村上 龍“失われた10年”を問う』
 ■著作者 村上 龍(JMM)
 ■出版社 日本放送出版協会
 ■出版日 平成12年6月30日
 ■価格 本体1700円+税
 *『失われた10年』と題してありますので、内容はバブル崩壊後の10年の日本経済についてが主なものです。


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